今、NYは5月1日の午後です。日本は2日の夜中すぎ。今日、月はサソリ座の満月を迎えます。
サソリ座はもう皆さんもご存知のように、死、再生、セックス、神秘、直感、暴力、そして深い癒しを現します。満月は、真実を光のもとにあらわにします。もし、自分に誠実に生きてきたならその成果を見ることでしょう。もし、やり残していたことがあったなら課題を見ることでしょう。気持ちは高ぶり、行動力に満ちるときです。そして、祈りの時でもあります。
以前にもご紹介した月のサイトに今月の満月のことが書かれてありました。その中でこころを打たれたものがありました。簡単に訳して書くと「世の中は暴力に満ちあふれている。テレビをつけると、戦争、飢餓、家庭内暴力、婦女暴行、子供への暴力、変態的な殺人、人種差別による暴力・・こんなニュースでいっぱいである。それだけではなく、映画も暴力で満ち満ちている。テレビ番組で人気なのは、痛々しい殺人事件をおう刑事ものばかり。血なまぐさくない平和な番組を探すのが大変なくらいだ。」「このサソリ座の満月を迎えるにあたってわたしはある一人の女性のことを思う。彼女は、戦時下のイラクにおいて、一般市民がどれだけ戦争の犠牲になっているかを世の中にアピールしてまわった若い女性だ。勇敢で正義感に満ちた彼女は、イラクに出向き、傷付き、死んで行った一般市民犠牲者とその家族を尋ねてまわり、痛ましい現状をアメリカ議会に訴え、世界のメディアにアピールした女性だ。彼女は、慈悲と勇気をもって行動した。そして、たった28才でイラクで自爆テロによって死んだ。90パーセント以上のやけどに苦しみながらも、彼女の最期の言葉は『わたしはまだ生きている!』だったのだ。」by Jean Hinson Lall (makouta 略訳)
『死』とはなにか?
死とは、生の終わりであり、避けられない生命のサイクルのひとつですが、生きていることをわたしたちに感じさせてくれるものでもあります。しかし、現代のわたしたちは、死を日常生活の中から遠ざけているがために、生きることの意味を忘れています。また、死をゲームやテレビの中の出来事としか考えていません。多くの人が無表情で、生きているのか死んでいるのか分らないような顔をして生活しています。わたしは数年前、東京三鷹市の公園で、武装をした大の大人の男女のグループが「戦争ごっこ」をしているのを見て背中が冷たくなったのを覚えています。戦争とは人殺しであるということさえ、分らなくなっているのでしょう。
あまりにも多くの情報の中に生きながら、情報の処理の仕方を学んでいません。あまりにもバーチャルな生活を続けるあまり、死が、そして生がなにか分らなくなっています。そしてみな、実際のところの死や病や傷を異常に怖がるようになっています。ただ今の現状を守ることだけに必死になり、互いを中傷しあい、傷付いている人に手も差し伸べず、頭の中で殺人をおかすことばかりを考えています。「あんなやつ、いなければいいのに・・」
今回、わたしは足を怪我して思いました。手術の前日から当日にかけて一切なにも食べることは許されず、お腹がぺこぺこでした。水が飲めなかったのが一番辛かったのですが、ふらふらしながら銀行でお金をおろし、いろいろな手続きを終えたあと思いました。「戦争中、ひもじい思いをしたひとたちが沢山いた。最期に水も飲めなかった人もいる。子供達も飢えで死んで行った。どれだけ苦しかっただろう。わたしはたった1日抜いただけでふらふらだ・・。」
手術が終わった夜、痛み止めを打たなかったせいで激痛に襲われました。涙があとからあとから流れてきました。けれど、痛みの中で思いました。「これが現実だ。足を切り開いて、神経の通った筋を縫い合わせるということはこういうことなんだ。痛くて当たり前だ。現代人のわたしたちはちょっとでも痛みがあると痛み止めを飲み、ちょっとでもこころに傷ができるとテレビを見たりお金もうけをしたりして痛みをごまかす。痛みと向き合うことがないまま生きている。だから、死や痛みに鈍感に、そして逆に必要以上に怯えてしまっているのだ。」
そして今年見た映画「父親達の星条旗」を思い出しました。あの映画の中で、どれだけの人が鉄砲や砲弾に当たって足がふっとび、内蔵が破裂し、腕がぐちゃぐちゃになったか。わたしは冷房の効いた、心地よい映画館の椅子の上で他人事のようにそれをながめていた。顔を歪め、目をそらしながらも、自分は本当に「体験」はしていなかった。今回わたしはアキレス腱を切っただけだ。たったそれだけ。しかも、一流の医者に執刀してもらい、世界的にも条件の良い病院の個室で、マンハッタンの夜景を見ながら、清潔で最新のテクノロジーを駆使したベッドの上で回復を待っている。多くの看護人とケアの人々に囲まれている。それでも痛みで涙が出る。食事がまずい、と思っている。(確かにまずかったけど・・)けれど、硫黄島には、真水さえなかったのだ。砲弾に当たって、すぐに死んだのならいい。けれど、怪我をして手当もままならなかった人はどれだけ苦しんだことだろう。恐怖と、劣悪な環境と、痛みの中で、まだ人生の入り口にしかた立っていなかった若者たちは、硫黄島の空になにを見、なにを思ったのだろう。
病室でうなりながら、わたしは彼らのことを思い、痛みとあいまって涙が止りませんでした。そして恐ろしいことに、今こうしてNYのアパートから青空を見ながらこのブログを書いている間にも、世界中で残忍な暴力と殺人が日々、繰り返し行われているのです。そうして、多くの人がそのような現状から「お〜怖い!」と、目をそらし、自分さえが安全であったら、自分さえが痛いめにあわなかったら良い、と考えているのです。
わたしはイラクに出向き、自分の信じた正義にそって生き、28才で自爆テロにあって死に、最後にそれでも「わたしはまだ生きている!」と言葉を残した女性のことを月のサイトで読み、彼女のことを調べてみました。するとなんと・・、彼女はわたしと同じ学校の出身だったのです。そう、日本語でいうところの後輩。わたしが通っていた頃のこの学校は小さく、私立でした。(90年代中盤に一度大きな公立大学に吸収されて、本来の形を失っているけれどそれでもプログラムは続いている。)ひと学年に多くて数十人しかいない、特別な大学でした。(わたしのクラスには8人しかいなかった。)NYが本部でしたが、世界のあちこちに支部を持ち、自分の国を含まない2カ国以上で勉強することが条件であり、学生に自由を与え、自主性を促し、平和と人類愛を信じた、世界的にも珍しい大学だったのです。
わたしは、その大学に通ったこと、そこから卒業したことをあまり人には話したことがありませんでした。けれど、自分が魔女であったこと。殺されたことがあったこと。生い立ち。大学生活をも含め、今世で経験してきたこと。その上で考えてきたこと、感じてきたこと。これらを、わたしは正直に話さなくてはならない、とこの女性のこと、そう、後輩のことを知って思いました。べつに隠さなくてはならないような後ろめたいことがあったから話さなかったのではありません。ただ、あまりにも「普通」ではなかったので、理解してもらえないだろう、と思って嫌だったのです。誤解されるのも嫌でした。理解してもらえないということは、孤独なだけでなく、悲しいことでもありますから。けれど、そんなことを言っている場合ではありません。
これがわたしのサソリ座の満月の誓いです。
もう、隠すことはやめたいと思います。黙っているのもやめたいと思います。これだけ暴力と死に満ちあふれながら、人間が死や痛みに鈍感になっている世の中において、ただ、黙して、「いつかなんとか良い方向に変わるんじゃないか」とどこかで願っているだけでは無責任である、とはっきりと気付かされました。
この地球で人間として生きのびるには、そして生きている幸福を少しでも手に入れたいと思うのなら、人間は、死と向い合わなくてはなりません。痛みと向かい合わなくてはなりません。闇と向かい合わなくてはなりません。人生はゲームではありません。もし、暴力的な映画をみて快感を覚えているとしたら、まず自分の腕を切り落としてみてはいかがでしょうか。それが快感でしょうか。死にたい死にたい、と言っている人がいますが、いったん死んでみてはいかがでしょうか。本当に死にたいのでしょうか。それとも、そう周りに言うことでなにかから逃げているのでしょうか。(どうせ死んでも、そんな死に方をしたら、また生まれ変わって同じ課題をクリアするまで苦しむことを、まず知った方がいいと思いますが。)子供にゲーム機を与えて、自分はスポーツジムに通って不倫をしているお母さん。痛みから逃げて快楽に溺れている間に、自分の子供が殺人鬼になるようにしむけていることを考えてみてはいかがでしょうか。
そして・・・ただ、夏の流行の服のことを考え、ボーイフレンドの浮気ばかりを心配し、職場で気にくわない人がいると悪口を言い、人生を損得だけで考え、ただただ自分が傷付かないことばかりを考えている人。戦争が起こっていて、自分の国がそこに加担していても自分はまったく関係ない、と思っている人。・・・月明かりの下に鏡を持って出ましょう。そこに映るあなたの姿はなんでしょう。
人間ですか、餓鬼ですか。
ウソは許されません。つくと、恐ろしい仕打ちが戻ってきます。そして、隠してもかならずいつかバレます。
サソリ座の満月です。
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この文章は、5月1日(NY時間)に書かれたものです。が、満月の影響は前後1週間ほど強くあります。特に、去年から今年にかけては、冥王星(サソリ座の守護星)がブラックホール(生と死を現す)と並ぶときであり、世界中で破壊と再生が起きています。日本では平和を訴える長崎の市長が殺されたと聞きますし、アメリカのある大学では集団殺人/自殺(男性が大学生を大量に銃で殺し自分も自殺した事件。バージニア工科大学で起きた。この大学はわたしの尊敬する占星術の先生が生まれたところでもある。)その上アメリカ議会はつい先日イラク戦争を続行することを前提に多大の軍事予算をまた出すことを決定しました。それで、書いたときからは少し時間がたってしまいましたが、アップしました。
さて、日本は昨日まで全国的に雨模様だったようですが、今日から快晴で初夏の天気のようです。夜空も晴れることでしょう。鏡、持ち出してみてはいかが?
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