このブログは随分まえに書こうと思いつつ、あまりにもわたし自身にとって衝撃的な経験だったので、書かずにいました。けれど病院に行って、ギブスをはずして装具(写真)を付けてもらってから3週間ほどたったことを知らされて、「あぁ、あの日から3週間が経つのか」と思ったので、改めて書くことにしました。
この装具は、手術をしてくれたNY大学のDr.McLaurinが手紙で推奨したものを、現在の日本のドクターが注文してくれ、付けてくれたものです。ギプスをしていた間は、ずっと足が宙に浮いたままで片足と松葉杖の生活でした。それは、大変でした。ただ、前に進むだけならなんとかなるのですが、ものを持たなくてはならない場合、とくに大きい重い荷物などはバランスをとるのが大変で難しかったのです。

左足に付けているのが、その装具。日本語でアキレスなんとかかんとかと言い、英語でCamboot。足首を固定し、立てるので便利。でも、なぜ右足に靴?ですよね。使い始めた初日、家の中で使っていたら右足にカチカチと底の金具があたって、10分くらいで痣だらけに・・いた〜い!家の中で使えないじゃない?とひとりで悩んでいたら、気付きました。家の中?あ、そうか、アメリカは家の中でも靴はいているから、あたっても痛くないんだ。それで、家のなかでもこうして靴をはいて生活しています。わたしは慣れてるから全然平気なのですが、友人が「家の中で靴で生活してるの?」って驚くので「だって、このアパート、土足厳禁ってどこにも書いてないよ。」と応えたら「日本のアパートでそんなの書いてるとこ、どこにもありません!」って言われました。ごもっとも・・。
この写真を撮ったのは、1週間くらい前。この頃はまだ松葉杖なしで歩けなかったので、家の中を這ってました。杖で両手がふさがっていると、お皿やお茶碗は持てないからです。それで、以前、NYでヒップホップを踊っていたころの膝パッドがあったので、それをつけて家の中、這ってました(笑)。でも、這うというのはとても体に良いのです。全身の筋肉の発達にも、そしていつも二足歩行によって圧迫を受けている腎臓のためにも・・・。
この装具を付けてもらった日、久しぶりに左足に重心をおくことができました。ゴミを出しにマンションの裏に行きました。だんぜん楽で「あ〜、良かったな〜」と思いました。そして、戻るとき、ふと廊下で外を見たら、夕暮れ時で、車の音が遠くでしていて、人の気配がそこここにして、木が風に揺れていました。とても平和でした。そして、突然、思いました。
『わたしは立っている。』
感動でしばらく動けませんでした。そして・・・そうか、ずっと、この怪我の意味を考えてきたけれど、このことを一番知らなくてはならなかったんだ。そう思いました。
わたしたちは自分で、立っている、と思っています。けれど、そうではないことが多いのではないでしょうか。わたしはこれまで、この2本の足を使って立ち、歩き、走り、踊ってきました。けれど、本当には立っていませんでした。そして、いつもそのことがどこかで不安だったのです。なぜ、ここにいるのか。なぜ、自分は存在するのか。なんのために生まれてきて、なんのために生きているのか。なぜ、歩き続けなくてはならないのか。なぜ、踊っているのか。自分は一体誰なのか。どこかで知っているようで、知らないようで、不安だったのです。ずっと、ずっと。この地上で生きているようで、生きてはいませんでした。なにが真実か、それが分らないでいました。と、言うより、知ることを怖がっていたように思います。
けれど、実際にこの2本の足を使って、あの夕暮れの廊下にたった瞬間、はっきりと分ったのです。わたしは、わたしのままを受け入れなくてはならない。怖くても、不安でも、リスクがあろうとも、わたしはわたしなのだから、そのわたしを生きなくてはならない。そして、それが立つということだ、と。それが、この地球で人間として生きることなのだ、と。
実は1年以上前に、ある映像が見えていました。それは、わたしが生まれた部屋です。ある日、お風呂に入っていたら、明るい和室におばあさんが座っていて、机についてなにか書いており、柱の時計を見ているのが見えたのです。(たまにそういうことがあります。でも、いつもじゃないし、わたしは江原さんじゃありませ〜ん。)そのとき、「あ、わたしの生まれた時間は、記録されている時間よりも早い。」と思いました。母に電話して、わたしが生まれた部屋の状況を聞きました。わたしが見た部屋とほぼ同じでした。おばあさんは産婆さんでした。それでワシントンDCに住む、占星術家*にメールをしました。自分がこんなビジョンを見たこと、そして、多分、これがわたしの生まれた時間じゃないか、と。けれど、彼女に確認してもらうことはしませんでした。怖かったのです。
この装具をつけ、立つことを知ってからすぐ、彼女にメールしました。I think I am ready to see who truly I am. 本当の自分と出会うこころ準備ができたようです、と。彼女から返事がきて、数日後にわたしたちは電話でセッションをしました。調べてもらった結果**、わたしの予想していたとおり、生まれた時間は記録より早く、わたしが考えた時間とほぼ合致していました。今までのチャート***と違うチャートが生まれました。そう、本来のわたしが分ったのです。
このことは2つのことを指し示していると思います。
まず、人は自分が誰であるか、本当はみな知っているということ。わたしは「見たい」と思って生まれた部屋の映像を見たのではありません。去年、わたしは大きな別れをして、自分の人生を歩き始めていました。意識が自分の内側に向き始めていたのだと思います。そして、ずっと昔、幼いころは本当は自分が誰だか知っていた、と記憶をたどれば思うのです。わたしのようにお告げ的な映像を見たり、生まれた時間を感じることができなかったとしても、みんなどこかで自分が本当は何者で、なにをしなくてはならないのか、知っているのではないでしょうか。
次に、人間は、真実を必ずしも生きれるわけではない、ということ。怖くなるのです。本当の自分を知ること、そして受け入れることほど自由になれることはない、と頭で分っていても、それがそれまで描いていた自分のイメージじゃなかったら、思わぬ欠点を持っている人間だったら、人生のコースを変えなくてはいけなくなるとしたら・・。不安が先に走って、真実を見ようとしないということです。虚構を生きているひとが多くこの世にはいますが、本当の自分を受け入れられない、または、知るのが怖いのではないでしょうか。周りの期待に応えたり、親のしいたレールにのったり、ただひたすら安全だと言われている道を歩いて、いつか自分の本当を見失うってよくあることなんじゃないか、って思うのです。
わたしは、ずいぶん前から、そう、子供のころから自分がやらなくてはならないこと、ありかた、みんな知っていた記憶があります。けれど、怖くてそれを避けながら生きていました。それは、いわゆる世の中の常識や家族の期待や、いろいろなものに当てはまらなかっただけではなく、前世からの記憶で殺されたことがあるので、また殺されるのではないか、という恐怖がどこかにあったのです。本当の自分を知ったら、それらを乗り越えて生きなくてはならなくなるからです。それで、多くの回り道をしてきました。なにかに自分をあてはめようとしたり、期待に応えようとしたり、どこかに寄りかかりを求め、そして自分を抑えて生きてきました。
けれど、本当に幸福になるには、自分で立つしかないのだ、と思いました。なにかに寄りかかったままだと、その寄りかかりがはずれた時がおしまいであるし、また、それがはずれることをいつも怖がりながら生きて行かなくてはなくなるだろう。自分で立つことは、孤独で怖いことではないか、とどこかで思っていたけれど、こんな自由で素晴らしいことはない。この装具をつけて久しぶりに自分の2本の足で立ってみた日、全身にす〜っとエネルギ−がまわって、立っていることの奇跡を体とこころで感じたのでした。あの廊下の夕暮れの光と風は3週間たった今でも、鮮明に覚えています。
病院でドクターに聞かれました。
「この装具をつけて、3週間になります。少しは役に立ちましたか?」
その時、質問の意味があまりよくわからなくて、なにもわたしは応えませんでした。(わたしは日本語というよりは、日本語で言われても、状況やその質問の内容が分らないことが多々ある。)でも、答えは、「イエス」です。しかも、大きなイエスです。一人暮らしのわたしにとって両方の足が使えるようになったことは、まず、物理的に役に立ちました。体力的にも楽になりました。そしてなにより、自分の足で立つことの意味を分らせてくれたのですから。わたしは本当の自分を受け入れることができるようになりました。立つということは、こころの足で立つことなんだ、と知りました。そして、自分で立っていられるとういうことは、この上ない幸せなんだ、と知りました。この2本の足で、こころで、これからも立って行けるよう、歩けるよう、そして踊って行けるよう、大切に生きて行こうと思います。そしてドクター、少し返事が遅れましたが・・
My answer is 'Yes, it did help me, not only a little but tremendously. I thank you very much for your flexibility and effort.’
お答えします。「少しではなく、すごく役立ちました。あなたの柔軟な態度と努力に感謝しています。」
おかげさまで、今日もわたしは幸福に立っています。読んでくださっているみなさんも、立つことの奇跡、素晴らしさ、そしてその歓びを知っていることを、こころから祈ります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*以前にも紹介したことがあると思いますが、この占星術家はMargarita Crockerさん。ワシントンDCに在住。もともと、機械工学が専門で、ハーバード大学の博士号まで勉強した方。その後、医学をおさめましたが、真実はもっと違うところにある、と目覚めたということで、占星術をやってらっしゃいます。聡明で、経験と知識の幅が広いだけではなく、とても優しい方です。声を聞いているだけでこころが潤ってくるような、そんな感じです。そして、セッションの内容は深く、その人の心髄をついてきます。わたしも、言われました。「あなたの最大の欠点は、あなたの目指すところは、あなたの得意なところは、あなたのこころの傷は・・」すべて大当たりでした。誰も知るはずのないことまで言われて、最初は怖かったです。でも、自分を知りたかったら、とても参考になります。また、楽になりますよ。あぁ、やっぱりね、って。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
**その人の過去の歴史をたどれば、生まれた時間をほぼ正確に知ることができます。星の動きと人の動きはシンクロしているからです。時間を割り出すことだけを専門にやる占星術家もいます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
***占星術のチャートは、生年月日、生まれた場所、そして時間から割り出され、太陽や月の他、太陽系の主な惑星それぞれの星座と位置、そしてそれぞれの関係性によって成り立っています。その人の持つ性質、過去からのカルマ、運命などがそこから読まれます。一般的に、「わたしは水瓶座です」などというのは、その人の太陽の星座のことをさしていいます。太陽の星座とその位置は、その人の全体像、または、目指す方向性を現すもので、内面性、対人関係、などは他の惑星の星座とそれぞれの関係性からみます。ただし、星がすべてを言い当てるのではなく、その人の姿勢、考え方、状況、遺伝子などがやはり人生を影響することも事実です。なので、これにすべてを振り回されるのもよくありません。けれど、本当に驚くほどその人を言い当てることが多く、宇宙と人間の存在の不思議を感じさせてくれるのです。

数週間前の両足。左が細くなっています。あ〜、リハビリ励みま〜す。クラスのみんな、まだ連絡せずにごめんね。踊ってる?もう少し待ってください。連絡します、必ず、近いうち。love to you all. kisses
Recent Comments