歩き始めて最初の宿は、お寺の宿坊でした。遍路や信者が泊まるところを、寺では「宿坊」と呼びます。寺の敷地内にあり、旅館のような感じですが、自分でお布団の上げ下げはしますし、旅館のような懇切丁寧なケアはありません。食事は要望すればついてきますが、食堂で決められた時間に食べます。しかも朝は、大抵6時ごろから勤行と呼ばれる、お勤めがあります。お経を呼んで、お坊さんの説教を聞くのです。これが、一般の旅館とは一番違うところです。
最初の宿坊は鯖太子と呼ばれるお寺の宿坊でした。ここは番外のお寺で、四国88カ所のお寺の中には入っていません。しかし、なんともユニークで古いお寺でした。神社とお寺が一緒になっていて、太子堂のすぐ裏に赤い鳥居がありました。四国の多くのお寺の中には神社もあり、日本では伝統的に神仏が一緒だったことを忍ばせます。しかも、太子堂の前には鯖、そう、魚の鯖の彫り物がド〜ンとあって、「願いを叶えてもらうため、3年は鯖を食べません」なんて書き物がしてあります。あまり大きくない境内と建物のいたるところに、素晴らしい絵や像がなかば雑然と置かれてありました。
一番ビックリしたのは・・朝の勤行でした。眠い目をこすりながら、5時50分に護摩堂に向いました。護摩堂への廊下は下り坂になっていて、薄暗い中を下へ下へを降りて行きます。廊下には絵画と置物がズラリ。お堂は地下かまたは半分地下のようでした。広い八角堂になっていて、中は暗く、高い天井からつり下げられた灯籠からほんのりと明りが漏れているだけでした。その真ん中に、お坊さんが2人座って、ものすごい勢いでお経を上げています。そして、組んであった木に火を付け、モクモクと煙が上へと上がって行くのです。その間も、お経は読み上げられ、ついには、太鼓がドンドンなり始めるではありませんか。この太鼓が素晴らしく良いのです。タイミングといい、音色といい・・。いや、驚きました。素晴らしいミュージシャンがここにいる・・わたしは感動していました。そうするうちに、炎は大きくなり、そこへ木のお札を次々に投げ入れて行きます。薄暗い堂内は炎で照らされ、正面の不動明王のカッとした顔が浮き上がります。そこへまた、太鼓が鳴りドラが鳴り・・・。
その晩、宿坊に泊まったのはわたしの他2人の歩き遍路だけだったのですが、3人とも呆然としてこの早朝の儀式を見守ったのでした。映画でしか見たことのないような光景でした。わたしはワクワクドキドキして、完全に目を覚ましていました。
四国は、恐ろしくエキゾチックです。これを皮切りに多くの経験をしました。わたしは思います。お金を出して、バリやシンガポールやインドに行くよりは、まず、日本人は四国を経験したようが良いのではないか・・。こんなにディープで同時にスピリチュアルな経験、簡単には他国ではできません。それに、まず自分の国の文化を知ることが、他国の文化を理解し尊重できる道へと繋がるのではないでしょうか。
なんにしろ、とにかく、鯖太子はディープでした、はい・・。
帰りに、お寺の方といろいろ話しをして出たのですが、東京に戻ってみたらハガキが来ていました。わたしが、護摩炊きの様子を写真に納めたかったけれど納められなかった(寝ぼけていたのでカメラのことまで気が回らなかった。)、と言ったのをこころに留めてくださったようで、護摩炊きの写真のハガキを送ってくれていました。エキゾチックなだけでなく、こころの暖かい人たちでもあります。
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