

イチゴは初夏まで買わない・・と思っていたら、初夏にはイチゴなんてないそうだ。八百屋のおじさんの話しによると、もう、シーズンは終わりに近づいているとか・・あんまり美味しそうなんで買った。おじさんも「イチゴはホントは5月6月なんだけどね。最近はビニールハウスだからさ。」と言っていた。
こういう小さいイチゴがわたしは好きだ。ヨーロッパを思い出す。ヨーロッパのはもっと酸味があって野性味がある。お砂糖をまぶしてしばらく置いてから食べるとあちらのは美味しい。
明日からいよいよ3月。昨日、オヤジが目を覚ましてきたせいなのか、もう、自分でタイムリミットだとどこかで知っているからか・・・いよいよ、動き出さなくてはいけない時となり、少し緊張している。昨夜はよく眠れなかった。気が小さいのだ・・(苦笑)だから、人に、変化の時、とか言っているけれど、あれはわたしのなかの巫女(新登場)が言っているだけで、「わたし」は時として恐ろしく小心者なのだ。
ももさんから、素敵なコメントをもらった。彼女は、なにかから脱却しようとしているようだ。そういう時は大変だ。体調を崩しているらしいけれど、なにか変化を起こす時、なにかを捨てる時、なにか新しいところへ行く時、というのは簡単ではない。体調も気分も不安定になったりする。
いつかも書いたけれど、わたしは別れが苦手である。だから、生まれてきたことを恨んでいるのかも知れない。生まれてきたからには必ず死ななくてはならない。別に、死ぬこと自体はそんなに怖くない。これは本当だ。けれど、別れがつらいのだ。
そして、すべての変化は別れであり、別れは死だ。小学校のとき、妹を幼稚園に送って行くだけで悲しくなった。小さな丸い顔がこちらを何度も振り返りながら、門の中に消えて行くのを見るだけで、胸がきゅ〜〜んとして泣きたかった。午後になれば帰ってくるのに・・(笑)。けれど、わたしは前世で悲しい別れをした記憶がある。そして、誰かを、もしかしたらわたしが早く死ぬことで傷つけたのではないかという罪悪感も持って生まれてきている。だから、誰もできるだけ傷つけたくない。なるべくなら別れたくない、と思ってしまう。これがまずいことを起こすこともある。
以前、わたしに恋をしてくれた男性がいる。わたしはその時、落込んでいた。自分を見失っていて不安なときだった。それで、つい・・彼の至れり尽くせりにハマってしまった。彼はルックスも文句なし。ボンジョビとベッカムを掛け合わせたような人で(これ、ホント。笑)NYの街を歩くと「あなた、スターでしょう?」と道行く人に、しょっちゅう声をかけられた。仕事もちゃんとしていて、ま、人間だからいろいろあったけれど、とにかくわたしには優しくしてくれた。でも、わたしは自分に自信もなかったし、自分自身が落込んでいたから、人を愛せる状態ではなかった。そして、今から考えると恐ろしく残酷に「あなたのことは愛していない」と言いながら一緒にいた。恥ずかしい話しだが本当だ。若さのせいにしたいけれど、年令の問題でもないだろう。
別れたかった。けれど、別れられなかった。罪悪感からだった。彼はヨーロッパからNYに、彼が言うには「君を追いかけて」来ていた。仕事もNYでみつけた。誠実で献身的だった。けれど、わたしは彼を愛すことができなかった。それでも一緒にいた自分に罪悪感があり、なかなか別れられなかった。ものすごい矛盾である。とうとう、踊るとき以外はなにもできないほど落込んだ。ほとんど鬱だったと思う。立ち上がるのも困難なほど体がだるかった。踊りと、友人たちのサポートがなかったら、わたしは本当に病気になっていただろう、と今振り返って思う。
とうとう勇気を振り絞って別れた。向こうから別れてくれるのを待っていたけれど、自分から言い出さなくてはいけなかった。その時は大変だった。体もこころもバラバラになるかと思った。妹を幼稚園に送って行くのでさえ泣きそうになるわたしだ。どれだけ大変だったか・・・。
・・・が、しかし!しかし、である。なんと・・・彼の家具を全部引き上げて、座る椅子さえなくなった、ガラガラになった広い家の中で一人で泣くかと思ったら・・・わたしはウキウキし始めた。家の中で、きゃ〜っと叫び、本当にジャンプした。彼が出て行ったその日から、青空がぱ〜〜っと広がったようになり、元気になってしまったのである!今から思い出しても不思議なくらいだ。そしてそのあと、わたしはやたらとモテた。彼と別れたことは内緒にしていたのに、多分、顔つきから雰囲気まで一変したのだろうと思う。明るくなったのだろう。もちろん、しばらくは一人になりたかったので、一人でいたけれど。いやはや。人生は暗〜く灰色から、バラ色に一転したのだ。踊りも楽しくなったし、友達付き合いも楽になったし、文句なしに180度の展開をした。
あんなに恐れていたのに、そんなもんだ。しかも、別れたい、と思ってからなんと2年以上も鬱々として別れられなかったのだから呆れる。「変化の時です。勇気を出しましょう。」と言っているが、わたしこそ、勇気を出すことの意味を知っていると言えると思う。後になって思えば、彼がヨーロッパからNYに来たのだって、わたしの「せい」ではなく、彼の決断だったわけだし、関係性というのはお互い様だから、どちらかだけの落ち度というのはない。それでも、別れられなかった。未来への漠然とした不安と罪悪感という多くの現代人が持つ、二大問題をわたしも抱えていたわけである。
相性がもの凄く悪くても、とっくに冷えきっていても、互いを傷つけ合っても、いつまでも一緒にいるカップルをわたしはいく組も知っている。病気になっても、鬱になっても、とにかく別れないのだ。別れ、そして死、というのはそれほど人間にとって恐ろしいものなのだ。アメリカの大学と同じで、入るのは簡単だが、卒業するのは難しいのが関係性である。結婚は簡単だが離婚は難しい。また、離婚や自ら別れをしなくても、死が必ず二人をいつか分つ。それでも、しがみつきたい・・・人間なんて、はかないものである。これは、なにも男女関係だけではない。仕事も、友人関係も、生活環境もすべて同じである。人は別れたがらない。死を迎えたがらない。
まだ二十歳くらいのとき、ある尊敬する女性に言われた。
「あのなぁ、フランスの有名な詩人がいわはった。『人間は、退屈とでさえ、別れをするのを嫌がるものだ。』覚えとき。」
別れ下手のわたしを見抜いた彼女の言葉だった。この辛かった10ヶ月の療養生活にお別れして、新しい生活に進むのにもビビっているわたしである。この言葉、改めて思い返している。
ももさん、そして、変化の中を生きているみんな、がんばれ!でも、自分のペースで。この前も書いたけれど、人によって持って生まれた性質も、星のタイミングも違う。それぞれが、自分の中に自分だけの時計を持っているので、それに耳を傾けて・・・。
I wish you all the best!

この頃金曜の夜は必ずスープ。今日は、シーフードクリームスープ。ホワイトソースも作って作りました。ほうれん草が一杯あったので、ほうれん草も入れました。
変化のときというのは、体も疲れる。だから、自分に優しくするのがまず第一。美味しいもの、体に良くて優しいものを食べ、お香を焚いたり、いい音楽を聞いたりして、ゆっくりと過ごす時間を見つけるのが大切。
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